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ツモ爺のひとり言バックナンバー  (2005年1〜12月)

「感動について 」(2005年12月)

先日、新幹線の車窓からくっきりそびえたつ富士山が見えて、ラッキーと思うと同時に感動を覚えました。 何時も静岡県を走る時は、気をつけているのですが滅多にお目にかかることが出来ないだけに、 やはり富士山は日本一の山という実感を持ちました。

歳を取ると、とかく感動することが少なくなります。それだけ経験を積み、滅多なことでないかぎり感動を覚えることがありません。
しかし、花王の尾崎元規社長は「仕事の原点」は感動することにあると言っています。

尾崎さんは社長になる直前まで家庭用製品事業部を担当していらっしゃました。 これは「キュキュット」という泡切れ・水切れのいい食器用洗剤を発売した時のことです。

毎月、担当者会議を行うのですが消費者からハガキで寄せられた「感動した」「びっくりした」 「デザインが斬新だ」などの多くの評価をスクリーンに映し出しました。 この会議に集まった研究所、マーケティング、商品開発、広告デザインなどの 40〜50人の担当者全員が食い入るようにしてそれを見つめていたそうです。 高い目標に向かい、困難な目標にチャレンジしたことが消費者の評価を受けたことが、 当事者であるがゆえに彼らには大きな感動と満足感があったからだと、尾崎さんは告白されています。

ツモ爺もアートフラワー(造花)をご購入されたお客様から喜びのお便りを頂くことがあります。
そんな時は胸を熱くして感動を覚えます。いつも、商売冥利に尽きると思うのです。



「加齢による個人差 」(2005年11月)


年をとると、人それぞれに個人差がハッキリ出てくるということです。

先日テレビで久しぶりに、植木等さんにお目にかかりました。一瞬、「ええ・・・これが植木さんか」彼の老い込んだ姿に一瞬、目を疑ったほどです。

その昔、クレージーキャツ時代に『スーダラ節』を歌い、「サラリーマンは気楽なもの」は一世を風靡しました。その当時と比べるのは酷ですが、あまりの老け込みようにびっくりしたのです。

同じクレージーキャツの仲間である谷啓さんは、ご存知のとおり『釣りバカ』の西田敏行さんの直属の課長さんと言えば、皆さんお分かりですね。
ハチャメチャの西田さんに比べて、マジメ一方の谷さんのキャラクターと対比して、とても面白く描かれています。その谷さんは、映画に出演つまり現役でやっているのに、植木さんの老化ぶりの格差に私は驚いたのです。

人間年をとると日頃の生活環境から大きな格差が生まれます。できればいつまでも若く見られたい、また行動もしたいと、皆願っています。

ツモ爺も75歳、できれば若くありたいが本音です。


「モノが売れるわけ 」(2005年10月)


先日、夫婦で近くの大型電器量販店へ、行きました。広い売り場に店員はまばらで、目的の品物を探すのに一苦労、やっとのこと血圧測定器を購入しました。

たまたまカウンターにいた一人の店員さんに、妻は昨年買ったラジカセの調子が悪いことをその店員さんに訴えていました。

その店員さんは、「軽度の故障でしたら私が直しますが、それ以上の場合はメーカーに送って直します。とりあえず店まで持ってきて欲しい」と言って、ラジカセが入るくらいの大きさのビニール袋を渡してくれました。

ちょうど電話機も欲しかったので、その親切な店員さんに相談したところ、売り場まで連れていってくれて色々選択の助言をしてもらい、ついでに電話機を購入しました。

ところが、帰宅して娘たちが、その電話機に「話し相手の番号は出ても名前が出ないのは不便よ」と進言してくれたのです。

翌日、故障のラジカセを持って行ったついでに、話し相手の名前の出る機種に交換をして欲しいと伝えたところ、その店員さんは快く交換に応じてくれ、自宅まで交換しに来てくれました。

交換とか修理とか、とかく面倒な注文に対して、気持ち良く応対をするその店員さんに、妻は名刺を貰い、寿命のきた我が家のテレビもその店員さんから買うわと言っていたのを「そりゃそうだ」とうなずく私でした。

大型電器量販店には事務的な応対をする店員さんが多いのですが、私達の応対をしてくれたその店員さんは、嫌な顔一つせず丁寧に気持ちよく応対、やはり人柄でモノが売れる、と改めて感じたのです。
 


「つまらない仕事をどう受け止めるか」(2005年9月)


ここのところトヨタ自動車の話題がふえています。連結の売上は20兆円、純利益1兆円、少し数字が大きすぎて私には想像ができません。また、8月の末に「レクサス」という新しい販売系列店が全国に展開され、トヨタ自動車の中でも高級車を販売するといった話題で賑わっています。

さて、今月の話題は7月に新社長に就任した渡辺捷明(ワタナベ カツアキ)氏のことです。渡辺氏が入社して始めて配属されたのは人事部厚生課、実際の仕事は給食の仕事で渡辺氏もシヨックだったと言います。ここで現場へ行ってみると、様々なムダがあることがわかったそうです。 食べ物の仕込み数と、実際に食べられた喫食数に大きい食い違いがあることに気が付いて、カイゼンを行いました。人事部のような間接部門でも、カイゼンできることを数字で証明してこれが上層部の目にとまったようです。

その後の渡辺氏は、幾多の業績を残して遂に社長にまで上り詰めたのですが、始まりは皆ががっかりするような部門に配属されたということです。このことは、希望をもって新しく入社した新人が、必ずしも自分の希望するポジションには就けない場合、それをどう受け止めるかということを示唆しています。

このほかソニーの出井さん、楽天の三木谷さんいずれも不本意なポジションから脱出した人が世間には多くいます。2002年7月の「ツモ爺のひとり言」にも、元タイガースの監督星野氏、女優の森光子さんの例でも似たような事例を書いていますのでご参考に。


「夫婦で血糖値コントロールゼミに参加しました」(2005年8月)


主治医からかねがね「血糖値が高い、つまり糖尿病ですよ」といわれていました。幸いにも市の公報でゼミが開催されることを知り、さっそく申し込みをしました。

食事をつくる立場の妻にも参加してもらわなくてはと思い、夫婦で参加しました。

第1回目はドクターが登場。糖尿病のもたらす合併症の怖さをしっかり聞きました。網膜剥離、つまり失明したり、歌手の村田英雄さんの晩年のように両足を切断したりと、病気の怖さを強く感じました。

2回目は、市の運動施設に集まり器具による運動を経験しました。自転車漕ぎ又は、ランナーになって走る器具、これらによってカロリーを消化することなど、少しでも太らないようにエネルギーの発散ですね。

3回目は調理実習でなるべく砂糖を使わず、また野菜を美味しく食べる方法などを、ツモ爺も実際に包丁を握り、なすやきゅうりをカットしました。なにしろ15名の参加者のなかで黒一点、つまり女性ばかりの中に男性は私一人です。

男性の包丁さばきに興味があったようで、私が巧みにさばくので、みな意外といった顔つきで「お上手ね」と言われました。その昔、寮生活の経験がいきました。

その後、出来あがった料理を皆で食事をしましたが、塩分・砂糖などをあまり多く使わず、大葉や生姜などを巧みに使った料理は、案外美味しく頂けました。

さて、これからが正念場で夫婦が気を揃えて実行する意志を強く持ち、しかも長期にわたる「糖尿病との戦い」を続けねばなりません。

みなさまのご声援を宜しくと、お願いする次第です。


「先の心配より目先の楽しみ」(2005年7月)

若い方の心配は、将来のこと、なかでも年金のことが気がかりと思います。
ツモ爺も年相応に健康、老化が心配です。

なにしろ75歳、坐骨神経痛が日々痛み、血圧、血糖値もやや高くなってきています。それに経済のことも心配で、数え上げれば不安と心配はいくらでも出てきます。

しかし、それらのことの当座の手当てはしますが、先行きがどうなるかは想像の世界になってしまいます。だから「なんとかなるさ!」と考えています。

それよりも、目先の楽しみを想像しています。例えば食事に行くとか小旅行を予定するとか、その楽しい場面を想像するのです。

そして何より仕事でアレンジをするシーンを考えて、この花器にこの花を生けようと思うと痛さも体のつらさも忘れがちになります。

先行き不明なことを心配するよりも、目先を大いに楽しみたいと思っています。
 

「自分の目、カメラの目」(2005年6月)


自分の目とは、自分自身の目で見たこと、言いかえれば主観的。カメラの目とは、レンズを通して映る客観的な見方。少しややこしいですが以下でご了解して頂ければと思います。

仕事のアレンジが終わり、デジカメで写真を撮ります、そのときカメラのレンズを通して見ると、作っているときには気が付かなかった欠点がよくわかります。

例えば、 葉っぱの出っ張りがバランスを崩しているのがわかります、作っている時には全然気がつかないのです。レンズを通して欠点が見えてくるのです。

このことから自分のやっていることは間違っていないと思っていても、他者から見れば滑稽に映っているかもしれないのです。つまり主観と客観の違いがあるのです。

時には女房殿に私のことを聞いてみれば、けっこう欠点を指摘してくれます。
自分は間違っていない、絶対だなどと考えることに危険があるようです。

特にカッカとのぼせている時、自分の目や考え方は怪しいということです。
 


「今月はどうしても、これしか書けない大事故のこと」(2005年5月)


既に皆様は新聞やテレビで、尼崎市の福知山線列車大事故のことはご存知のことですが、あまりにも惨い事故で107名の死者の方に対してご冥福を祈り、傷害を受けられた方にお見舞いの言葉を申し上げます。

事故に遭われたご家族の方の言葉は涙なくしては聞けませんでした。愛する奥様あるいはご主人を亡くされた方。ある奥様が洗濯物をたたんでいて「これを着る人はもういない・・・」私も絶句して言葉も出ません。

また、18歳、19歳の将来を嘱望された方々の死も、あまりの無惨さになんとも言いようのない悲しさを覚えました。

報道によればスピードの出しすぎが主原因ですが、その背景にはダイヤの過密性、競合路線と時間の競争、違反者に対する社内の再教育の問題等々。

また、車両の天井にクーラーなど重量物を載せれば重心が高くなり、カーブには遠心力が働くなど、いろんな原因が複合、重なり合っていることが憶測されます。

今後警察の手で原因の解明があると思いますが、当事者の問題は判明しましても、先ほども申し上げたような背景などはおそらく原因の追求はないのではないか、と思います。

いずれにしても事故の原因には”無理”つまり理のないこと、自然の法則に違反があり、当事者はもちろんのこと、背景を含めて反省と改善をしていかねばならないと思うしだいです。

あまりにも大きな事故にしばらく言葉のでないほどの大きなショックでした。
 


「不安と恐怖の違い」(2005年4月)


不安は対象が定まらない、次から次へとカタチが変わってやってくる。恐怖は一つの方向で起きる。たとえば、高所恐怖症とか、対面恐怖症のように、決まったことがらで起こるのだから、それを避ければよい。

一方不安は、健康が心配、経済的にも不安だ、一難去って、また一難と、次から次へとカタチを変えて不安はやってくる。
これを防ぐのは容易ではない。が、現実にそれがやってきた訳ではないが、将来起こり得る不安なのだ。

ツモ爺も2月にヘルペスに罹り、さらに胃腸をこわし、体調は最低でした。それ以来健康に自信をなくしてしまい、これから先健康が歳とともに低下する不安に駆られる始末。

これなどは不安の代表的な例でしょう。
また、世間の年金の問題なども不安の一例ですね。
 


「体調の好不調で考え方が変わります」(2005年3月)


私事で恐縮ですが、2月中旬にヘルペス病になり、点滴をしてもらいに毎日医者通いをしていました。加えて胃腸もおかしくなり、全然食欲がなくなり、体重も約5キロ痩せてしまいました。

こうなると、考え方も消極的になり、とくに、これから先のことが不安になると真理的に追い詰められてしまいました。

少しづつ復調していますが、ヘルペスから神経痛に変わり日々足をひきづるようになり、心理的にはまだ復調していません。考え方もマイナスの方向に引きずられます。

間もなく春の暖かさを迎えます、きっと、暖かさとともに体調も回復するだろうと、僅かに希望をつないでいる今日この頃です。やはり、健康あっての希望や、積極的な考えが出てくることを今回は痛感しました。
 


「伊勢参拝にいってきました」(2005年2月)


毎年1月には、ある団体の一員として伊勢参拝にいきます。新しい年を迎え心も新たにスタートを切るにはちょうど良い行事で、夫婦で参加しました。

まず、垣内拝礼といって門より中に入って参拝いたします。いっそう心身が引き締まる思いがします。そして、お神楽を奏上します。

これも古式にのっとって、古代から伝わる楽器を奏でて、面をつけた武人が曲に合わせて舞います。古い伝統が今日まで伝わっている行事の一端です。

聞くところによれば、塩、お米、魚、などを天照大神に捧げるのは、まるで生きた方がそこにおわしますように供応するのだそうです。

終わって「お陰横丁」。ここには
緊張をときほぐす色々な仕掛けがあります。お酒の好きな方には「にごり酒」。私のような下戸は、まず赤福を食べそしてお茶を頂くのですが、甘いものにお茶はつきもので、この番茶がすこぶる美味しいのです。

日曜のこととて大勢の人にもまれ、道行く人たちも楽しいおもむきで、このような雰囲気を味わう場所はお祭り以外にはない思いです。

毎年のことながら一月の伊勢参拝からツモ爺はスタートをきるという気持ちがしました。

 


「希望の格差時代」(2005年1月)


先日、ラジオから流れてくる評論家の話の中に、現代は「希望の格差時代」という言葉が出てきました。聞いていますと今”ニート”と称する働かない人たちが増えて将来は国の財政も危ないと言っていました。

働かなければ収入はありません。従って税金も払わないわけです。そのニートの人たちは最初から働く意欲の無い人もいるかもしれませんが、途中で挫折して働く意欲を無くした人もいるはずです。

このような人は希望が無いわけで、若い人たちの中には意欲満々の人もいれば、将来に何の希望も無い人があり、それで「希望の格差時代」といっている訳です。

ツモ爺は74歳ですが、まだまだ、やりたいことが沢山あって、希望は山盛りです。
しかし、残された寿命から考えると・・・・でも命のあるかぎり希望を満たしていきたいと考えています。
 




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